私を愉しむ乙女塾

大人になっても乙女心を忘れない。暮らしの中での小さなキラキラを大切に♪ 発酵×スイーツ×セラピー 

言葉の取り扱い

完全に私の持論だし、

お掃除しながら出てきた気持ちを書いてみます。


言葉は、その人自身をあらわすよね。

だからこそ、

オリジナルな言葉(表現)で伝えたい。

 

誰かが使った言葉が、

どんなに良い表現だったとしても、

それを、まるで数式を使うかのように真似して使っていいとは思わない。

私は。

 

使っても罪には問われないかもしれないけど、

その言葉の後ろ側に透けて見える、

「誰かが言った言葉を使っている。」

という違和感を相手は読み取っている。

そして、その人との不協和音を起こすこともある。

 

あまり深く考えずに、

話をしていても、

その人らしさが表れる、その人の言葉で語っている時には、

説得力がある。

だけど、誰かが使っていたようなフレーズを、

まるで自分が発したかのように使うと、

その人自身も薄っぺらい人間のように見えてしまう。

覚えたての言葉を、子どもが使いたくて使ってみているような、

そんなエネルギーになっちゃう。

まだその人のモノになっていないってことだよね、

本当は心の奥の方では、その人の言葉になっていないんだよね。

そこかしこに転がっている表現を、真似して、

似たような言葉を組み合わせて、

それっぽいキーワードにしちゃう人もいる。

見る人が見れば、
「あれと、あれと、あれを組み合わせてるんだね。」

ってバレバレなのに、
本人は、ちょいちょい摘んできたからこその、

そこに「うまいことやってやった」のエネルギーが透けて見える。

言葉に対する、雑な扱いは、

その人自身にも、周りの人にも、本当は雑なのかも。

という気持ちも植え付けちゃうよね。

言葉を、自分らしく、自分の言葉で、自分と調和させて伝えていきたいな。